江戸幕府 鉄砲組百人隊

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天皇皇后両陛下、パラオにご到着 笑顔で国際空港をあとに
フジテレビ系(FNN) 4月8日(水)18時30分配信

太平洋戦争の犠牲者を慰霊するため、天皇皇后両陛下は日本時間8日午後、パラオに到着された。
天皇皇后両陛下は、日本時間8日午後、パラオの国際空港に到着され、4時間半のフライトにもかかわらず、疲れを見せず、笑顔で国際空港をあとにされたという。
 
そして、天皇皇后両陛下を温かくお迎えするムードが、パラオで非常に高まっている。
日本の国旗とパラオの国旗を両手に持って、天皇皇后両陛下をひと目見ようと、多くの人が並んで待っていた。
8日午後、パラオ共和国の空港に到着された天皇皇后両陛下。
パラオの大統領をはじめ、多くの人の出迎えを受けられた。
陛下の強い希望で実現した、今回のパラオご訪問。
 
出発前、陛下は、パラオへの思いについて、「私どもは、この節目の年にあたり、戦陣に倒れた幾多の人々の上を思いつつ、パラオ共和国を訪問いたします。太平洋に浮かぶ美しい島々で、このような悲しい歴史があったことを、私どもは、決して忘れてはならないと思います」と話された。
両陛下は、午前11時半ごろ、皇太子さまや秋篠宮さまのほか、安倍首相らの見送りを受け、民間のチャーター機で出発された。
 
日本の南、およそ3,000kmの場所にあるパラオ共和国は、サンゴ礁に囲まれた大小400を超える島々からなる国。
8日、町の中心部では、天皇皇后両陛下のご訪問に合わせて、橋の塗装が行われていた。
街のいたるところに、両陛下の訪問を歓迎する日の丸が掲げられ、からまってしまった日の丸を直す人もいた。
街の人々に、日本の印象を聞いてみると、「日本が好きです。日本人も大好きです。(なぜ日本が好きですか?)日本人は、とても正直な国民だからです」、「みんな日本が大好きです。だから、(陛下に)こうやってチュッと、ハグしたいの」との声が聞かれた。
 
パラオには、日本に好意的な人が多く、親日的な国の1つといわれている。
それは、人々が使っている言葉にも現れている。
弁当は、「ベントウ」、電話は、「デンワ」、さらには、扇風機も「センプウキ」という言葉が使われている。
さらに、ブラジャーは、「チチバンド」という。
また、街の集会所で人々が楽しんでいるのは、日本の伝統的なカードゲーム「花札」。
点数も、日本語で数えていた。
 
太平洋戦争以前、日本はパラオを統治していて、そのころ持ち込まれた日本語が、ほぼそのまま、パラオの言葉として定着した。
そして、パラオの国旗は、青地に黄色い丸が描かれていて、色は違うものの、デザインは日の丸そっくり。
元駐日パラオ大使のウエキ・ミノルさんは「日本の国旗(白地に赤色)から取って、青地に黄色にした。青が海で、真ん中の丸は月」と話した。
 
日本の統治時代を知る、85歳のニナ・アントニオさんは「日本時代はよかった。建物もよかったし、新聞社や放送局、郵便局、何でもありました。建物は丈夫で、とても立派です」と話した。
統治時代に日本が作った建物は、戦後70年が過ぎた今も使われていた。
日本の統治時代に、役所として建てられた建物は、現在はパラオの最高裁判所として使われている。
 戦後、パラオは、アメリカの統治下に置かれたが、その後も日本は、インフラの整備に、さまざまな協力を行ってきた。
 
2002年、日本政府の支援で造られた全長400メートルを超える橋。
もともと、この場所には、韓国企業が造った橋が架かっていたが、完成19年後の1996年、突然、崩落したという。
元駐日パラオ大使のウエキ・ミノルさんは「もう、びっくりしましたよ。交通がストップして、みんな動かなくなってしまった。壊れて一番最初に、日本にアピールしたら、日本の政府が建て直して」と話した。
 ほかにも、空港の新ターミナルやリサイクルセンターなども、日本が建設を支援した。
 
そうした中で実現した、両陛下のご訪問。
日本とパラオの絆が、いっそう強くなることが期待されている。
パラオには、野球場や橋など、日本が建てたものが非常に多く残っていて、戦前に建てられたものでも、今も大切に大切に使われている。
 
地元の人々は、親から子に、「これは日本が建ててくれたものなんだよ」と、語り継いでいるということで、地元の人に話を聞いても、「日本には本当に感謝している」という声が、非常に多く聞かれた。
両陛下はこのあと、パラオ政府主催の晩さん会にも出席される予定になっている。
 
晩さん会で出されるメニューは、パラオの5つ星ホテルのシェフが、2週間ほどかけて考案したもの。
メニューは、リクガニ、タロイモ、パパイヤなど、パラオの食材をふんだんに使ったもので、パラオでも実際に使われるしょうゆなどを使った、非常にあっさりとしたもの。
中でも、タロイモの葉っぱのスープは、パラオの大統領が非常に好きということで、今回、晩さん会のメニューにも入ったという。
 
この晩さん会には、戦前、パラオ同様に戦場となった近隣のミクロネシア、マーシャルの大統領夫妻も招かれていて、天皇皇后両陛下は、3カ国の首脳と交流を深められることになっている。
 
そして、9日、日本軍およそ1万人が犠牲となったペリリュー島という激戦地を、慰霊のために訪問されることになっている。 

 
   



 

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天皇皇后両陛下、パラオご訪問へ ペリリュー島で献花される予定
フジテレビ系(FNN) 4月8日(水)2時5分配信

 天皇皇后両陛下は、8日からパラオを訪問される。
訪問先のパラオは、東京から3,000km以上離れた太平洋の島国で、国旗は、日本の日の丸に似ている。
かつて日本が30年間、統治して、太平洋戦争の激戦地になった場所でもある。
 エメラルドグリーンの海に、大小500を超す島々が集まる、南国の楽園・パラオ。
 
8日からの天皇皇后両陛下のご訪問に合わせ、道路の清掃など、準備が進められた。
天皇陛下の強い思いから実現した、パラオへの慰霊の旅。
2014年、天皇陛下は「先の戦争では、300万を超す多くの人が亡くなりました」と述べられた。
 
パラオ南西部にあるペリリュー島。
1944年、日本軍およそ1万人と、アメリカ軍およそ4万8,000人が激戦を展開した。
この戦闘で、日本兵のほぼ全員が玉砕し、アメリカ兵およそ1,600人も戦死した。
そのペリリュー島から、奇跡的に生還した日本兵・土田 喜代一さん(95)。
土田さんは「グラマン(アメリカ軍の戦闘機)が、ブーッと、爆撃してから、ああ、いよいよ来たな。グアム島方向から、航空母艦が4隻、こちらの方向に向かっているから、見張りを厳重にしろよと」と話した。
 
土田さんら日本兵は、それぞれ洞窟などに潜伏し続け、終戦を知ったのは、戦後1年半がたってからだった。
ペリリュー島から生還した日本人兵士たちが潜んでいた洞窟は、入り口は、人1人の体が入るぐらいの大きさで、実際に中に入ってみると、空洞が広がっていた。
高さは1メートルぐらいしかないが、奥行きは10メートル以上あった。
 
当時の状況について、土田さんは「ああ、自分は命が助かったっていうのと、陛下(昭和天皇)の思いで助かったという思いで、半々だったんじゃないでしょうかね」と話した。
土田さんは3月、御所を訪れ、両陛下に当時の状況について説明した。
 
10年前、初めて海外への慰霊の旅として、サイパンを訪問された両陛下。
以来、思い続けてこられたパラオご訪問が、ようやく8日、実現する。
宮内庁担当の宮崎千歳記者は「戦争と向き合って、戦没者をしのんで、そして、戦争の記憶が風化されないようにしていくこと、それが天皇として、最も大切な役目だと、生涯をかけて取り組むべき役目だというふうにお感じになっているのではないかというふうに、いつもお見受けしています」と話した。
 
両陛下は、8日、民間チャーター機でパラオに入られて、親善行事などを行う。
そして9日、ペリリュー島で慰霊碑に献花をして、帰国されるという。

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