江戸幕府 鉄砲組百人隊

江戸時代に現存した徳川鉄砲隊や鉄砲保存会及び鉄砲地域の紹介

カテゴリ: 日本の伝統文化等

9月25日(日)に皆中稲荷神社「白丁渡御祭列」が実施されました。
前日まで雨でしたが、当日は天気も回復し、無事行うことが出来ました。

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猿田彦は大変そうですね。
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大久保通り
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四神旗
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錦旗・社名旗
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御盾・御鉾
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今年は、鉄砲隊の出陣はありませんが、5年に1回行われます皆中稲荷神社の神社神輿による白丁渡御の行列があります。
今年は、稚児行列は行われません。
18日に神社社務所で、行列の準備が行われました。

【白丁渡御行列】

平成28年9月25日(日)
皆中稲荷神社
10時    発輿
13時30分 帰輿

●猿田彦の衣装

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●錦旗・社名旗

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●四神旗

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●御壺胡録、御平胡録

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●御楯

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この動画は、平成14年9月29日に行われました白丁渡御行列と稚児行列の動画です。
  







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「零戦里帰りプロジェクト」を進めるゼロエンタープライズ・ジャパンは27日、零式艦­上戦闘機(零戦)のテスト飛行を海上自衛隊鹿屋航空基地で行った。操縦桿(かん)を握­ったのは、米国で零戦操縦のライセンスを持つスキップ・ホルム氏(72)。機体は、爆­音を響かせ天高く舞い上がり、再び日本の大空でその雄姿を見せた。

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歴史上の人物で、「悪人」と思われている人物が、実はそんなに悪い人ではなかったようだ!?
以前、吉良上野介は、映画やドラマで悪人に仕立て上げられてると聞いたことがあります。
遊郭もそうだが、時代劇の映画・ドラマでは、わりと作り話が多いです。

ドラマや映画のせい? 実はそんな悪人じゃなかった!? という歴史上の人物7選!
(アメーバーニュース)

心の底まで悪で凝り固まった悪魔のような人間というのは普通いません。誰でも善良な面を持っているものですし、その人物の評価は見る人によってずいぶん変わるものです。歴史上の人物の中にも「悪いなあ」と思われがちですが、実はそんなことはないという人がたくさんいます。今回は、そのような人物をご紹介します。

吉良上野介

吉良上野介(吉良義央)は『忠臣蔵』の敵役として知られ、そのために非常に悪いやつと思われがちです。しかし、彼の領地である三河国幡豆(はず)郡では名君として領民に慕われた人物だったのです。1686年(貞享3年)に領内の治水事業の一環として「黄金堤」を築き、新田開発に精力的に取り組むなど、地域のために大きな功績を残しました。現在でも地元では吉良義央は高く評価され、その遺徳がしのばれています。

田沼意次

賄賂政治を行った、田沼時代は風俗の乱れた時代だった、なんていわれることが多いですが、実際はそうではなかったようです。幕府の財政赤字をなんとかすべく重商政策を取り、鉱山の開発、蝦夷地の開拓、また外国との貿易拡大などいろんな手を打ちました。結果、景気も向上したのですが、浅間山の噴火、天明の大飢饉(ききん)など不運もあり政情が不安定となって彼は失脚。しかし「意次は近代日本の先駆者」と評価する研究もあるくらいなのです。

足利尊氏

室町幕府を開いた足利尊氏はあまり評価の高い人物とはいえないようです。後醍醐天皇の建武の新政を助けたものの、ついにはこれを見限って新たな武家政権を立てる動きをしたのがマイナス評価の理由とされます。しかし、建武の新政の内容はかなりむちゃくちゃで、武士の最も大事な「本領安堵」を脅かすようなものでもありました。そのため彼が後醍醐天皇を見限ったのはむしろ当然ともいえます。実際、非常に面倒見のいい武家の棟梁であったようです。

徳川綱吉

江戸幕府の5代将軍で「生類憐れみの令」を発したことから「犬公方」の名前でも知られます。生類憐れみの令が天下の悪法といわれますので、綱吉も悪い将軍、統治能力に難ありと評価されがちです。しかし、一方で綱吉は日本に貨幣経済制度の基礎を築き(荻原重秀が優秀だったのですが)、元禄文化と呼ばれる華やかな時代をもたらしました。また、生類憐れみの令には「捨て子や老人、病人」を保護するようにといった良い内容も含まれています。実際、綱吉の死後もこれら良い内容はそのまま継続されました。

蘇我入鹿

645年の「乙巳の変」で、中大兄皇子、中臣鎌足によって暗殺された蘇我入鹿は悪役のポジションです。それまでに最高権力者の地位を固め、専横の限りを尽くしたため誅されたことになっています。一方で、彼は非常に優秀な人物であったことが知られています。僧・旻(みん)の塾に学び、師より「最も優秀である」と評されているほどなのです(『藤原家伝』)。また、渡来人との交流にも熱心で開明的な人物であったという推定もあります。日本書紀ではけちょんけちょんに描かれていますが、さてどこまでが真実でしょうか。

日野富子

室町幕府の8代将軍・足利義政の正妻ですが「悪女」といわれます。そもそも応仁の乱は、富子が自分の産んだ「義尚」を将軍にするためにあの手この手で画策したために起こりました。有力武士たちが義政の弟の「義視」派と「義尚」派に分かれて戦ったためです。また、富子は両軍に金を貸すことを思いつきこれで巨万の富(現在の価値で70億円ともいわれる)を築きます。このような行為のため、非常に後世の評価が良くありません。しかし、一方で非常にクレバーな計算のできる女性だったことは確かです。またその蓄財手腕を褒める向きもありますが……これはどうでしょうか!?

明智光秀

以前「日本史上最も悪人だと思うのは!?」というアンケートで1位になったのが「明智光秀」でした。主君・織田信長を裏切り、自害に追い込んだのは事実ですが、その動機は今もはっきりしません。明智光秀自身は、実力主義の信長に取り立てられたことからも分かるとおり非常に能力のある人でした。また、領民を大事にした人物であったようで、現在でも明智光秀の徳をしのぶ地域があることからも彼の善政がうかがえます。

「歴史は勝者によって書かれる」といわれます。現在私たちに伝わっている歴史書の中で「悪人」として書かれている人物も、見方を変えれば「そうでもないかも……」となるのではないでしょうか。歴史家の研究が進めば、現在「悪玉」ポジションの人物の評価だって180度変わるかもしれませんね。




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本日、文化の日(明治節)に明治神宮で行われました古武道演武や武田流(大日本弓馬会)流鏑馬を見てきました。
昨日とは違い、いい天気に恵まれ気持ちのよい一日でした。

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今年は2年に1回開催されます「江戸幕府 鉄炮組百人隊出陣の儀」の年です。
出陣日は、平成27年9月27日(日)です。 

なお、前回の出陣より、見学の皆様の安全対策を改め、安全基準をより一層厳しくしたため、見学者の方の立入制限、発射場所の見直しを行いました。
今年も安全対策が第一と考えておりますので、 ご理解、ご協力のほどよろしくお願い致します。

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●場所別発射数

皆中稲荷神社境内(出発)  1発(6名)
木村屋ビル           1発(各隊6名)
戸山小学校校庭        3発(各隊全員)
西外山公園野球場       5発(各隊全員)
皆中稲荷神社境内(到着)   1発(6名)


 
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平成27年5月19日 産経新聞
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「百物揃千人武者行列」圧巻の時代絵巻 栃木(産経ニュース)

日光東照宮(日光市山内)で18日行われた春季例大祭の恒例行事「百物揃(ひゃくものぞろい)千人武者行列」。徳川家康四百回忌を迎えて、例年以上の盛り上がりを見せた。きらびやかなよろい武者以外にも見どころは多く、国内外から訪れた参拝客の視線をくぎ付けにした。(原川真太郎、豊嶋茉莉)

■迫力十分「かっこいい」

 午前11時、二荒山神社前から静かに行列はスタート。コースは御旅所(おたびしょ)までの約1キロで、馬に乗った東照宮産子会関係者らを先頭にした約1200人の時代絵巻。時代装束に身を包み、それぞれ、ほこや笛、鉄砲、やりを手に順に進む。

 家康四百回忌の今年、例大祭は「四百年式年大祭」に当たり、行列で使われる装束や調度品のほとんどを新調した。埼玉県深谷市の無職、小池昇一さん(81)は「武士がメーンと思っていたが、きらびやかな衣装の人がたくさんいた」と驚きの表情。ただ、ひときわ目を引くのは、やはり緋縅(ひおどし)のよろい武者集団だ。初夏の日差しを浴びて光り輝くさまは迫力十分。友人と一緒に訪れていた日光市の中学3年、瀬古晴菜さん(14)は「いつも来ているけれど、よろい武者はやっぱりかっこいい」と満足げだった。

 約400年前、徳川家康の神霊を駿府久能山から日光に改葬した様子を再現したとされる行列のハイライトとなるのが、家康と豊臣秀吉、源頼朝を祭った3基のみこし。沿道を埋めた観客が、みこしに向かって賽銭(さいせん)を投げ、回収役の子供たちが拾う姿もおなじみの光景となっている。群馬県藤岡市の会社員、近藤清春さん(61)は「(落ちた)賽銭を拾っている子供たちが印象的だったね」と笑った。

■伝統衣装に外国人興味

 約1時間かけて行列は御旅所に到着。山海の珍味が供えられた後、二荒山神社の巫女(みこ)による「八乙女舞(やおとめのまい)」や神職による「東遊(あずまあそび)」が奉納され、海外からの観光客らも日本の伝統文化に見入った。フランスから訪れたカロル・デュポンさん(20)は「日本の伝統的な衣装ばかりで、とても興味深かった」と語った。




江戸時代にタイムスリップ 日光東照宮・千人武者行列(朝日新聞)
【リンク先に動画あり】

 徳川家康の400回忌を迎えた日光東照宮(栃木県)で18日、神輿渡御祭(しんよとぎょさい)・百物揃(ひゃくものぞろい)千人武者行列が開かれた。家康の死後、静岡県内にまつられた霊を東照宮に移した様子を再現したもので、節目の今年は行列約1200人の装束を新調した。

よろい姿の武者役や神職に続き、家康らをまつるみこし3基が参道約1キロを練り歩いた。昨年より2万人多い約5万人の観客が訪れた。さい銭をみこしへ投げる人もいて、担ぎ手の上吉原博さん(61)は「流星みたいに飛んできた。参道を埋めるほどの人出を誇りに思った」。(角野貴之)


日光東照宮で千人武者行列 家康の四百回忌、装束を新調(京都新聞)

栃木県日光市の日光東照宮で18日、江戸時代から続く春の恒例行事「百物揃千人武者行列」があり、よろいかぶと姿の武者や鉄砲持ちに扮した市民が参道を練り歩いた。徳川家康の四百回忌に当たることしにかけて、約1200人分の装束や調度品のほとんどが新調された。

家康と豊臣秀吉、源頼朝を祭った3基のみこしや馬に乗った神職らの列が約1キロの道のりを1時間かけて進み、勇壮な時代絵巻を展開。沿道を埋めた観光客は太陽に照らされて輝く金色のかぶとに見入ったり、みこしにさい銭を投げ入れたりしていた。(共同通信)
【 2015年05月18日 12時50分 】
 
 
 
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栃木県日光市の日光東照宮で17日、徳川家康の四百回忌を記念する「四百年式年大祭」が始まった。

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 平成27年5月18日産経新聞

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日光東照宮で四百年式年大祭 50年に1度、家康たたえ(産経ニュース)
2015.5.17 19:06

栃木県日光市の日光東照宮で17日、徳川家康の四百回忌を記念する「四百年式年大祭」が始まった。50年に1度の式年大祭は、家康が戦乱の世を鎮めて平和をもたらしたことをたたえる東照宮の最重要行事で、みこの舞や流鏑馬(やぶさめ)の神事が披露された。

 大祭には徳川宗家18代当主の徳川恒孝氏(75)や、徳川御三家の当主ら約300人が参列。厳粛な雅楽の調べが流れた後、稲葉久雄宮司が天皇陛下からの幣帛(へいはく)料をささげ、祝詞を読み上げた。続いて4人のみこが「胡蝶の舞」を披露した。

 午後の流鏑馬神事では、参道に設けられた約220メートルの馬場を馬10頭が疾走。古式ゆかしい装束をまとった射手が3カ所の的を「インヨーイ」などの掛け声とともに馬上から射抜いた。

 18日は、四百年式年大祭のために装束や調度品を新調した「千人武者行列」があるほか、19日は花で飾られた山車「花家体」が市内11町から境内に繰り出す。 


日光東照宮で家康の四百回忌記念大祭(日刊スポーツ)
[2015年5月17日11時46分]

 栃木県日光市の日光東照宮で17日、徳川家康の四百回忌を記念する「四百年式年大祭」が執り行われた。

 50年に1度の式年大祭は東照宮の最重要行事。徳川宗家18代当主徳川恒孝氏や徳川御三家の当主ら関係者約300人が参列する中、稲葉久雄宮司が天皇陛下からの幣帛(へいはく)料をささげ、祝詞を読み上げた。

 四百年祭を迎えた日光東照宮では、さまざまな行事が予定されており、18日には装束や調度品を新調した千人武者行列、19日は花で飾られた山車「花家体(はなやたい)」が市内11町から境内に繰り出す奉祝大祭が見られる。(共同) 


日光東照宮:家康の四百回忌で式年大祭(毎日新聞)
2015年05月17日 21時09分

栃木県日光市の日光東照宮で17日、徳川家康の四百回忌に合わせた400年式年大祭が始まった。春季例大祭を50年に1度の式年大祭とし、19日まで行われる。徳川宗家18代目当主の徳川恒孝(つねなり)さん(75)ら一門の当主らが参列し、家康の霊廟(れいびょう)を拝んだ。

 衣冠姿の稲葉久雄宮司や徳川宗家らは、修理のため素屋根に覆われた国宝・陽明門をくぐり本社拝殿での式年大祭に臨んだ。天皇家からの一般の玉串料に相当する幣帛(へいはく)料の奉献をはじめ、宮司による祝詞の読み上げ、みこの舞楽「胡蝶(こちょう)の舞」奉納などの神事があり、境内から大勢の観光客が遠巻きに見守った。

 表参道では流鏑馬(やぶさめ)神事の後、日光東照宮の神である家康の霊などが乗った3基のみこしを日光二荒山神社に運ぶ宵成祭(よいなりさい)が行われた。18日は大祭のハイライトで家康を静岡市の久能山から日光に改葬した際の行列を再現する「百物揃(ひゃくものぞろえ)千人武者行列(神輿渡御祭、しんよとぎょさい)」がある。【花野井誠】 

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昨日、館林「つつじまつり」出陣に使用しました甲冑等の乾燥・修理と火縄銃の手入れをしました。
次回は、9月の鉄砲組百人隊出陣の儀です。
また、宜しくお願い致します。

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天皇皇后両陛下、パラオにご到着 笑顔で国際空港をあとに
フジテレビ系(FNN) 4月8日(水)18時30分配信

太平洋戦争の犠牲者を慰霊するため、天皇皇后両陛下は日本時間8日午後、パラオに到着された。
天皇皇后両陛下は、日本時間8日午後、パラオの国際空港に到着され、4時間半のフライトにもかかわらず、疲れを見せず、笑顔で国際空港をあとにされたという。
 
そして、天皇皇后両陛下を温かくお迎えするムードが、パラオで非常に高まっている。
日本の国旗とパラオの国旗を両手に持って、天皇皇后両陛下をひと目見ようと、多くの人が並んで待っていた。
8日午後、パラオ共和国の空港に到着された天皇皇后両陛下。
パラオの大統領をはじめ、多くの人の出迎えを受けられた。
陛下の強い希望で実現した、今回のパラオご訪問。
 
出発前、陛下は、パラオへの思いについて、「私どもは、この節目の年にあたり、戦陣に倒れた幾多の人々の上を思いつつ、パラオ共和国を訪問いたします。太平洋に浮かぶ美しい島々で、このような悲しい歴史があったことを、私どもは、決して忘れてはならないと思います」と話された。
両陛下は、午前11時半ごろ、皇太子さまや秋篠宮さまのほか、安倍首相らの見送りを受け、民間のチャーター機で出発された。
 
日本の南、およそ3,000kmの場所にあるパラオ共和国は、サンゴ礁に囲まれた大小400を超える島々からなる国。
8日、町の中心部では、天皇皇后両陛下のご訪問に合わせて、橋の塗装が行われていた。
街のいたるところに、両陛下の訪問を歓迎する日の丸が掲げられ、からまってしまった日の丸を直す人もいた。
街の人々に、日本の印象を聞いてみると、「日本が好きです。日本人も大好きです。(なぜ日本が好きですか?)日本人は、とても正直な国民だからです」、「みんな日本が大好きです。だから、(陛下に)こうやってチュッと、ハグしたいの」との声が聞かれた。
 
パラオには、日本に好意的な人が多く、親日的な国の1つといわれている。
それは、人々が使っている言葉にも現れている。
弁当は、「ベントウ」、電話は、「デンワ」、さらには、扇風機も「センプウキ」という言葉が使われている。
さらに、ブラジャーは、「チチバンド」という。
また、街の集会所で人々が楽しんでいるのは、日本の伝統的なカードゲーム「花札」。
点数も、日本語で数えていた。
 
太平洋戦争以前、日本はパラオを統治していて、そのころ持ち込まれた日本語が、ほぼそのまま、パラオの言葉として定着した。
そして、パラオの国旗は、青地に黄色い丸が描かれていて、色は違うものの、デザインは日の丸そっくり。
元駐日パラオ大使のウエキ・ミノルさんは「日本の国旗(白地に赤色)から取って、青地に黄色にした。青が海で、真ん中の丸は月」と話した。
 
日本の統治時代を知る、85歳のニナ・アントニオさんは「日本時代はよかった。建物もよかったし、新聞社や放送局、郵便局、何でもありました。建物は丈夫で、とても立派です」と話した。
統治時代に日本が作った建物は、戦後70年が過ぎた今も使われていた。
日本の統治時代に、役所として建てられた建物は、現在はパラオの最高裁判所として使われている。
 戦後、パラオは、アメリカの統治下に置かれたが、その後も日本は、インフラの整備に、さまざまな協力を行ってきた。
 
2002年、日本政府の支援で造られた全長400メートルを超える橋。
もともと、この場所には、韓国企業が造った橋が架かっていたが、完成19年後の1996年、突然、崩落したという。
元駐日パラオ大使のウエキ・ミノルさんは「もう、びっくりしましたよ。交通がストップして、みんな動かなくなってしまった。壊れて一番最初に、日本にアピールしたら、日本の政府が建て直して」と話した。
 ほかにも、空港の新ターミナルやリサイクルセンターなども、日本が建設を支援した。
 
そうした中で実現した、両陛下のご訪問。
日本とパラオの絆が、いっそう強くなることが期待されている。
パラオには、野球場や橋など、日本が建てたものが非常に多く残っていて、戦前に建てられたものでも、今も大切に大切に使われている。
 
地元の人々は、親から子に、「これは日本が建ててくれたものなんだよ」と、語り継いでいるということで、地元の人に話を聞いても、「日本には本当に感謝している」という声が、非常に多く聞かれた。
両陛下はこのあと、パラオ政府主催の晩さん会にも出席される予定になっている。
 
晩さん会で出されるメニューは、パラオの5つ星ホテルのシェフが、2週間ほどかけて考案したもの。
メニューは、リクガニ、タロイモ、パパイヤなど、パラオの食材をふんだんに使ったもので、パラオでも実際に使われるしょうゆなどを使った、非常にあっさりとしたもの。
中でも、タロイモの葉っぱのスープは、パラオの大統領が非常に好きということで、今回、晩さん会のメニューにも入ったという。
 
この晩さん会には、戦前、パラオ同様に戦場となった近隣のミクロネシア、マーシャルの大統領夫妻も招かれていて、天皇皇后両陛下は、3カ国の首脳と交流を深められることになっている。
 
そして、9日、日本軍およそ1万人が犠牲となったペリリュー島という激戦地を、慰霊のために訪問されることになっている。 

 
   



 

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天皇皇后両陛下、パラオご訪問へ ペリリュー島で献花される予定
フジテレビ系(FNN) 4月8日(水)2時5分配信

 天皇皇后両陛下は、8日からパラオを訪問される。
訪問先のパラオは、東京から3,000km以上離れた太平洋の島国で、国旗は、日本の日の丸に似ている。
かつて日本が30年間、統治して、太平洋戦争の激戦地になった場所でもある。
 エメラルドグリーンの海に、大小500を超す島々が集まる、南国の楽園・パラオ。
 
8日からの天皇皇后両陛下のご訪問に合わせ、道路の清掃など、準備が進められた。
天皇陛下の強い思いから実現した、パラオへの慰霊の旅。
2014年、天皇陛下は「先の戦争では、300万を超す多くの人が亡くなりました」と述べられた。
 
パラオ南西部にあるペリリュー島。
1944年、日本軍およそ1万人と、アメリカ軍およそ4万8,000人が激戦を展開した。
この戦闘で、日本兵のほぼ全員が玉砕し、アメリカ兵およそ1,600人も戦死した。
そのペリリュー島から、奇跡的に生還した日本兵・土田 喜代一さん(95)。
土田さんは「グラマン(アメリカ軍の戦闘機)が、ブーッと、爆撃してから、ああ、いよいよ来たな。グアム島方向から、航空母艦が4隻、こちらの方向に向かっているから、見張りを厳重にしろよと」と話した。
 
土田さんら日本兵は、それぞれ洞窟などに潜伏し続け、終戦を知ったのは、戦後1年半がたってからだった。
ペリリュー島から生還した日本人兵士たちが潜んでいた洞窟は、入り口は、人1人の体が入るぐらいの大きさで、実際に中に入ってみると、空洞が広がっていた。
高さは1メートルぐらいしかないが、奥行きは10メートル以上あった。
 
当時の状況について、土田さんは「ああ、自分は命が助かったっていうのと、陛下(昭和天皇)の思いで助かったという思いで、半々だったんじゃないでしょうかね」と話した。
土田さんは3月、御所を訪れ、両陛下に当時の状況について説明した。
 
10年前、初めて海外への慰霊の旅として、サイパンを訪問された両陛下。
以来、思い続けてこられたパラオご訪問が、ようやく8日、実現する。
宮内庁担当の宮崎千歳記者は「戦争と向き合って、戦没者をしのんで、そして、戦争の記憶が風化されないようにしていくこと、それが天皇として、最も大切な役目だと、生涯をかけて取り組むべき役目だというふうにお感じになっているのではないかというふうに、いつもお見受けしています」と話した。
 
両陛下は、8日、民間チャーター機でパラオに入られて、親善行事などを行う。
そして9日、ペリリュー島で慰霊碑に献花をして、帰国されるという。

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昨日、杉並区の下高井戸にある「玉川上水第二公園」の近くを通ったので、桜の写真を撮ってきました。
今日から週末にかけて、天気が悪そうなので、気持ちよく花見が出来るのは昨日で最後なのかな??
天気予報がはずれるといいですね!

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玉川上水第二公園(杉並区下高井戸)
リトル・ママより


 散歩しながら遊べる 東西に細長く続く公園
「玉川上水」は、江戸時代、多摩川の水を飲み水として江戸の町に運ぶために造られた上水路。玉川上水公園は、かつての玉川上水の上を通る杉並区内の一部の土地を利用した、全長2劼傍擇峺園です。中でも、京王線桜上水駅近くのエリアの「玉川上水第二公園」は、4月上旬には、桜の花に覆われます。
 
余裕があれば、京王線明大前駅付近のエリアから西方に、第二公園目指してお散歩するのもオススメ。長い公園の途中には、汽車や動物などの遊具も点在。見つけるたびに止まって楽しむ小さな子どものペースを味わうのも、心地よいでしょう。
 
満開時には、頭上の桜に覆われる第二公園の遊具。木の階段の小さな滑り台は、1〜2歳のお子さんのチャレンジ精神を刺激してくれます。4色のパイプが林立する迷路は、小さな子にもとても魅力的。回転バーもあるので、ぶつけないよう、しっかり見守ってあげましょう。 

赤ちゃんを抱っこしたり、ベビーカーでのお散歩も、花や遊具のあるほのぼのした光景を楽しみながらだと、気づかぬうちに結構な距離を歩いてしまうかも。周辺にはトイレがないので、すぐ近くの甲州街道沿いのスーパーなども、前もってチェックしておくと安心です。

<取材日:2012/01/23 取材・文・撮影:千葉美奈子>AC

■住所:杉並区下高井戸3-1-14
■アクセス:京王線桜上水駅北口、甲州街道を越えた地点に東西にわたり存在
■HPはこちらへ
■料金:無料
■個室:無
■オムツ替スペース:無
■授乳スペース:無
■駐車場:無
■その他:南公園緑地事務所:03-3304-0521

 

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徳川家康没後400年記念 特別展『大 関ヶ原展』(東京都江戸東京博物館)開幕2日目で来場者1万人突破!!
(Sankei Biz )


現在、東京都江戸東京博物館にて開催中の徳川家康没後400年記念特別展『大 関ヶ原展』の来場者数が、開幕2日目(3月29日(日))に、早くも1万人を突破しました。
昨日 3月29日(日)、記念セレモニーを執り行い、東京都江戸東京博物館の竹内誠館長より、1万人目の来場者に展覧会カタログなどの記念品が贈呈されました。

1万人目の来場者となったのは、徳島県徳島市からお越しの佐藤洋一さん・真由美さんと息子 悠大くん(8歳)。
「今日、東京に着いて子どもの希望で『大 関ヶ原展』に来ましたが、まさか1万人目の来場者になるとは!」と洋一さん・真由美さん。悠大くんは、「石田三成のものが見たいです!」と、お話しくださいました。

本展は、徳川家康没後400年を記念し、関ヶ原の戦いに参じた武将ゆかりの作品を史上最大規模で紹介する天下分け目の大展覧会です(『大 関ヶ原展』 会場:東京都江戸東京博物館/会期:3月28日(土)〜5月17日(日)※京都・福岡巡回)。

東京展では、現存する最古の「関ケ原合戦図屏風」をはじめ、本多忠勝ら徳川四天王の具足や槍、石田三成の愛刀「正宗」、島左近の兜、大谷吉継の刀、家康にもたらされた「洋時計」など、国宝、重要文化財を含め、約150点以上が出品されます。
※3会場合計では、国宝・重要文化財は20点以上、合計300点以上の出品となります

また、会場では、本展スペシャルサポーターの杏さんと声優 中田譲治さん、竹本英史さんによる音声ガイドや、関ヶ原の地形、天候、武将の動きを再現した生きた合戦図「ジオラマ・プロジェクションマッピング」も登場し、日本の運命を変えた一日をわかりやすく、解説しています。

徳川家康没後400年記念 特別展『大 関ヶ原展』は、5月17日までの開催となります。
是非、この機会にご来場いただけますよう、お願いいたします。

※なお、本展は会期中に展示替えがございます。
 出陳品と展示期間などの詳細につきましては、公式ホームページ( http://sekigahara2015.com )をご参照ください。
※レキシによるオフィシャルテーマソングを起用した『大 関ヶ原展』のCMは関東ローカルでオンエア中です。


■東京展
会期  :2015年3月28日(土)〜5月17日(日)
会場  :東京都江戸東京博物館 1階展示室
休館日 :4月6日(月)・13日(月)・20日(月)
開館時間:午前9時30分〜午後5時30分(土曜日は午後7時30分まで)
     ※入館は閉館の30分前まで
■京都展 2015年6月2日(火)〜7月26日(日) 京都文化博物館
■福岡展 2015年8月7日(金)〜10月4日(日) 福岡市博物館 

 
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【徳川家康の名言集】

「己を責めても人を責めるな。」

「心に望み起こらば、困窮したるときを思い出すべし。」

「人間はの、最も多くの人間を喜ばせたものが最も大きく栄えるものじゃ」

「怒ったときには、百雷の落ちるように怒れ。」

「大事を成し遂げようとするには本筋以外のことはすべて荒立てず、なるべく穏便にすますようにせよ。」

「戦いでは強い者が勝つ。辛抱の強い者が。」

「人生に大切なことは、五文字で言えば上を見るな。七文字の方は身のほどを知れ。」

「多勢は勢ひをたのみ、少数は一つの心に働く。」

「いさめてくれる部下は、一番槍をする勇士より値打ちがある。」

「人は負けることを知りて、人より勝れり。」

「道理に於(おい)て勝たせたいと思う方に勝たすがよし。」

「決断は、実のところそんなに難しいことではない。難しいのはその前の熟慮である。」

「いくら考えても、どうにもならぬときは、四つ辻へ立って、杖の倒れたほうへ歩む。」

「滅びる原因は自らの内にある」

「得意絶頂の時ほど隙が出来る。」

「勝つことばかり知りて、負ける事を知らざれば其の害身に至る。」

「堪忍は無事長久の基。怒りは敵と思え。」
 
「及ばざるは過ぎたるより勝れり。」

「重荷が人をつくるのじゃぞ。身軽足軽では人は出来ぬ。」

「人間は、健康でありすぎたり、得意すぎたりする時にも警戒を要するのだが、疲れたおりの消極性もまた厳に戒めなければならない」

 「家臣を扱うには、禄で縛りつけてはならず、機嫌を取ってもならず、遠ざけてはならず、恐れさせてはならず、油断させてはならないものよ」

 「我がために悪しきことは、ひとのためにも悪しきぞ」

「 愚かなことを言う者があっても、最後まで聴いてやらねばならない。でなければ、聴くに値することを言う者までもが、発言をしなくなる」

「 真らしき嘘はつくとも、嘘らしき真を語るべからず」

 

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興味のある方はどうぞ!

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徳川家康没後400年 日光東照宮などで御朱印集める「御朱印ラリー」
御朱印を集めると特製のお守りがもらえます。
[ねとらぼ]

徳川家康の没後400年に合わせ、東武鉄道が3つの神社と連携してスタンプラリーならぬ「徳川家康公奉斎四百年記念 御朱印ラリー」を開催します。期間は4月1日から9月30日まで。

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オリジナル御朱印帳と特別祈祷お守り

東武鉄道の一部駅などで販売する「オリジナル御朱印帳」(税込1000円)を購入し、浅草神社、上野東照宮、日光東照宮で御朱印を集めると、3神社いずれかで祈祷(きとう)した「特別祈祷お守り」がもらえます。オリジナル御朱印帳は特急スペーシア、日光東照宮の眠り猫や三猿をデザインしたもの。2000個限定での販売となります。

御朱印帳の販売は、東武線の浅草駅、北千住駅、東武日光駅、鬼怒川温泉駅、特急スペーシア車内販売営業列車にて。また特急スペーシア車内販売で御朱印帳を提示して特製スタンプを押してもらうと、東京ソラマチの東武グループツーリストプラザで「日光女子旅ロールシール」がもらえます。

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特急スペーシアや日光の観光スポットなどをデザインした「日光女子旅ロールシール」


御朱印の受付場所は下記の通り(御朱印代は参加者の負担)。
 
浅草神社 浅草神社社務所(受付時間午前9時〜午後4時30分)
上野東照宮 札所(受付時間午前9時30分〜午後4時)
日光東照宮 廻廊(かいろう)(受付時間午前8時〜午後5時)※拝観料が必要

 
 

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今日も天気がよいので、靖国神社へ行きました。
沢山の屋台も出ていたので、大変賑わっていました。

●第二鳥居
明治20年(1887)に建てられ青銅製の鳥居としては日本一の大きさを誇ります。 

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●神門
昭和9年(1934)に建てられました。

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●中門鳥居&拝殿
中門鳥居は平成18年(2006)に建て替えられました。
拝殿は明治34年(1901)に建てられたもので、通常はこの場所で参拝します。

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●靖國大絵馬

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●能楽堂
明治14年(1881)に東京・芝公園に建てられたもので、明治36年(1903)に靖国神社に奉納、移築されました。

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●甘酒振舞所

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●遊就館
明治15年(1882)に開館し、遺品などを収蔵、展示する施設です
詳しくはこちらへ

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●沢山の屋台

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●大村益次郎銅像
近代日本陸軍の創設者

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境内のご案内


これ買ってきた。
 

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終わり・・・。
それではまた



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本日2日、皇居で行われました新年恒例の一般参賀と明治神宮へ初詣に行きました。
今回、初めて佳子内親王殿下がお出ましになられました。
場所が遠かったのでよく見えなくて残念でした。

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新年恒例の一般参賀 およそ8万1,000人が皇居を訪れる(FNN)


ニュースでちょっと気になるのが、皇太子ご夫妻・秋篠宮ご夫妻・佳子さま・眞子さまと言ってますが、「ご夫妻」「さま」は一般人向けでないのかな??
皇太子同妃両殿下・秋篠宮同妃両殿下・佳子内親王殿下・眞子内親王殿下が正しいのではないのかね??
何でかね???


昼食後、明治神宮へ。

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今年はいよいよ出陣の年です!!
9月なんてすぐ来るんでしょうね!!
皆さん!!宜しくお願い致します!!


 
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海外の反応を紹介しているブログに面白い動画が紹介されていたので転載します。
この動画は、Mark Wiensさんというアメリカ人の方が制作したもので、「東京でするべき25の事」が紹介されています。
東京に住んでると身近なので、あまり足を運ばないのではないでしょうか!?
英語は苦手ですが、なんとなく参考になりますよ!

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海外「歴史と文化に溢れた街」 『東京ですべき25の事』が外国人に大好評

映像は、特にアジアの国々を中心した旅行記を投稿されている、Mark Wiensさんというアメリカ人の方が制作したもので、ここでは、「東京でするべき25の事」が紹介されています。

1:アメヤ横丁(0:40〜)

2:明治神宮(1:18〜)

3:両国国技館(1:47〜)

4:新宿御苑(2:30〜)

5:銀座・有楽町(3:07〜)

6:東京都庁舎(3:44〜)

7:築地市場(4:14〜)

8:渋谷(5:36〜)

9:隅田川(6:06〜)

10:皇居(6:32〜)

11:上野公園・東京国立博物館(7:08〜)

12:東京スカイツリー(7:46〜)

13:原宿(8:02〜)

14:金龍山浅草寺(8:55〜)

15:江戸東京博物館(9:38〜)

16:洗練されたレストラン(10:22〜)

17:秋葉原電気街(11:01〜)

18:東京証券取引所(11:31〜)

19:六本木(11:59〜)

20:お台場(12:30〜)

21:代々木公園(13:16〜)

22:根津・谷中(13:59〜)

23:温泉(15:01〜)

24:高尾山(15:45〜)

25:東京での食事(16:39〜)

以上になります。
東京の魅力が詰まったこの映像に、外国人からは様々な反応が寄せられていました。

25 Things To Do in Tokyo, Japan (Watch This Before You Go)


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この方のサイトにすべての情報が載せてあります。
英語が得意な人はどうぞ!!

Get info about things to do, where to stay, and the best food to eat on your visit to Tokyo, Japan. Here's the guide.

 

The Ultimate Tokyo Travel Guide for Food Lovers



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市ヶ谷の近くにいたので、靖国神社と千鳥ヶ淵の桜を見てきました。
天気も最高!!満開!!平日だというのに多く人が花見見物に訪れていました。
3月28日(金)〜4月6日(日)は、「千代田のさくらまつり」が開催されています。

※写真はクリックすると拡大します

●靖国神社

第一鳥居(大鳥居)
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第二鳥居
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神門
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神門をくぐり中門鳥居、拝殿へ。
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桜開花標本木
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到着殿付近
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神池庭園
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●千鳥ヶ淵

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楽しそうだね!
だけど管理人は、ボート漕ぎ得意じゃないんだよね
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九段下歩道橋よりJR市ヶ谷方面
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靖国神社桜ライブカメラ



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<大御所の遺産探し>足跡を照らす(4)山住神社 (静岡新聞)
(2014/3/15 10:01)

浜松市天竜区水窪町にある標高1107メートルの山住峠。麓との気温差が約8度にも及ぶ峠に鎮座する山住神社の入り口に、神の使いとして一対のお犬様の像が立っている。3月初旬の小雪が舞う午後、神社の鎌倉秀雄宮司(85)が話してくれた。「お犬様は家康の命の大恩人だわい」

 30歳を超えて間もない家康が、数少ない負け戦を経験した1573年の三方ケ原の合戦。武田信玄の攻勢に防戦一方となった家康は山住神社まで逃げたとされる。敵軍が神社に迫るやいなや、空は雲に覆われ「うぉーうぉー」と山犬のほえる声が地鳴りのように響き渡った。肝をつぶした敵軍は退散し、家康は辛うじて難を逃れたという。鎌倉宮司は「お犬様のほえる声が家康の命を助けた。武田軍からしたら、敵の軍勢の足音にでも聞こえたんじゃないか」と思いをはせる。

 翌年、家康は神社を参拝し、後に刀を奉納したと伝えられる。同神社は浜松城の北東に当たる鬼門の守り神として、その後もあつく信仰された。「毎月1、17の両日、お犬様にお神酒やお洗米をささげる儀式は欠かさない」と鎌倉宮司。家康が抱いたこの地を守る神への感謝の念は、今なお大切に受け継がれている。

山住神社 国道152号沿いの水窪橋から県道389号を車で約30分。家康が戦勝祈願したことから、「戦の神」としても多くの信仰を集める。境内には、県の天然記念物に指定されている樹齢約1300年の大杉が立ち、御神木として県内外の参拝客を迎えている。麓には三方ケ原の合戦で武田軍の拠点となった山城「高根城」がある。


山住神社
静岡県浜松市天竜区水窪町山住230



<大御所の遺産探し>足跡を照らす(3)浜松城(3/8 8:57)
<大御所の遺産探し>足跡を照らす(2)臨済寺(3/1 8:53)
<大御所の遺産探し>足跡を照らす(1)久能山東照宮(2/23 12:49)



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新年あけましておめでとうございます

旧年中は何かとお世話になりありがとうございました。
今年の鉄砲隊の出陣は、いまのところ10月の「ふれあいフェスタ2014」を予定しております。
引き続き応援のほどよろしくお願い申し上げます。

同心の皆さん!!
今年は、出陣の儀の年ではありませんが、練習はしますので参加して下さい。

平成26年 元旦





第一章)
年のはじめの ためしとて、
終なき世の めでたさを、
松竹たてて、 かどごとに
いはふ今日こそ たのしけれ。

第二章)
初日のひかり さしいでて、
よもに輝く 今朝のそら、
君がみかげに たぐへつつ
仰ぎ見るこそ たふとけれ。



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昨日23日、天長節(天皇誕生日)皇居一般参賀へ行ってきました。
天気は曇りで寒いでしたが、21年(30560人)に次ぐ28945人が訪れたそうです。

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【皇紀】

皇紀とは、日本の初代天皇である神武天皇が即位したとされる年を元年(紀元)とする日本独自の紀年法。

正式名称は「神武天皇即位紀元」であり、皇暦(すめらこよみ、こうれき)、神武暦(じんむれき)、神武紀元(じんむきげん)、日紀(にっき)とも言う。

皇紀元年は西暦で言うと紀元前660年である。よって西暦元年は皇紀661年である。よって西暦2013年は皇紀2673年である。


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皇紀2673年(平成25年)12月23日天長節 皇居一般参賀 天皇陛下お言葉




皇居で一般参賀(産経ニュース)

高齢者「励みになった」、外国人も感激「すてきなお姿」(産経ニュース)



天長節の歌 12月23日 / 祝日大祭日唱歌八曲





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11月3日は、明治天皇のお誕生日で、戦前は「明治節」と呼ばれていましたが、昭和23年7月20日に祝日法が公布され、11月3日は「自由と平和を愛し、文化をすすめる」との趣旨によって祝日「文化の日」となりました。

個人的には、「昭和の日」があるんだから「明治の日」にしてもらいたいです
まぁ、個人的要望はこれまでとして・・・・この日に明治神宮で開催れました「東京都農業祭」と「日本古武道大会」に行ってきました。
古武道大会に鉄砲同心が参加していますので、動画の中を探してみてください


(クリックすると大きくなります)
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武田流流鏑馬

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天皇家の「菊紋」の下から徳川家の「葵紋」が見つかったそうです。

二条城・唐門、天皇家の「菊紋」の下から徳川家の「葵紋」見つかる サイトで写真公開 (はてなブックマークニュース)

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保存修理工事が進められていた世界遺産・二条城(京都市中京区)の二の丸御殿唐門で、装飾品「垂木鼻先金具」の菊紋の下から、葵紋が発見されました。菊紋は天皇家、葵紋は徳川家を示しており、城の主人が天皇家へと変わった明治中ごろに菊紋が重ねられたと考えられています。二条城のサイトでは、菊紋と葵紋の写真を公開しています。

二条城二の丸御殿唐門・築地保存修理工事完成及び唐門開通について ―菊紋の下に隠された葵の御紋― (PDF)

二条城では2011年から、工期20年間の予定で本格修理事業が進められています。その第1弾として、2011年12月から唐門の保存修理工事を実施。飾金具や彫刻の修理、漆塗の塗り替えなどが行われました。

菊紋の下に隠されていた葵紋は、修理で飾金具を取り外した際に発見されました。元離宮二条城事務所によると、1973年から1975年まで行われた前回の修理時に、破風飾金具では菊紋の裏に葵紋があると判明していたとのこと。しかし、垂木鼻先金具での確認は「新発見」といえるそうです。


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二条城は、京都御所の守護と上洛の際の宿泊所として、江戸幕府の初代将軍・徳川家康が1603年に造営しました。唐門が完成したのは1625年で、二の丸御殿南側築地塀に建てられています。徳川家の城であった二条城は、15代将軍・徳川慶喜による1867年の大政奉還を経て、1884年に宮内省の所管に。葵紋から菊紋へ移り変わった時期は定かではないものの、城の主人が天皇家に変わった明治中ごろとされています。


唐門の保存修理工事は終了し、8月28日(水)から再び一般公開が始まりました。同事務所は「江戸時代から明治時代へ。激動の歴史をその身に刻む唐門を、保存修理工事完成の機会に是非御覧ください」と呼び掛けています。



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さいたまの国指定史跡 見沼通船堀 江戸時代の水運再現(東京新聞)

さいたま市緑区の国指定史跡「見沼通船堀(みぬまつうせんぼり)」で二十一日、高低差のある川の間で舟を通すため、閘門(こうもん)を開閉して水位を調節する実演があり、江戸時代の水運の様子が再現された。


見沼通船堀は、八代将軍徳川吉宗の命で一七三一(享保十六)年に完成した東西約一キロの運河。江戸へ通じる芝川と、東西にある二本の見沼代用水路を結んでいる。用水路沿いの村で年貢米を積んだ舟が芝川から江戸へ向かい、帰りの便では肥料や加工品を持ち帰った。明治以降は陸運が盛んになったが、昭和初期まで使われた。


農業用水の見沼代用水路と、水田の排水が流れる芝川の高低差は約三メートル。実演では、芝川側の「一の関」に高さ十八センチの角材を積み重ね、水をせき止めて水位を上げた。上流の利根川の取水制限の影響もあり、水位の上昇は目標の半分の一メートル程度にとどまったが、二人の船頭が小舟をゆったりと動かすと大勢の見物客が歓声を上げていた。 (谷岡聖史)





【動画説明】

見沼通船堀=みぬまつうせんぼり(国指定史跡)
享保16年(1731)に開通した、わが国最古の木造の閘門(こうもん)式運河です。­見沼通船堀は見沼代用水西縁と東縁が最も距離が近づく、八丁堤の北側に造られました。

­両用水の中央を流れる芝川と代用水は3mの水位の差があったので、それぞれ2箇所の関­を設け、水位の調節を行い船を運航しました。
この、通船堀の開通により、水運の範囲が広がり、荒川、隅田川を通り、こ の周辺の村々と江戸が結ばれました。江戸へは、見沼周辺で取れた農作物や、 薪、柿渋、味噌、醤油などを運び、江戸からは肥料や、油、日用品などが、 村々にもたらされました。

しかし、時代の流れの中で、輸送方法は、水上交通から、陸上­交通へと移り、関東大震災以降、通船堀を使うことはなかった と言われています。
芝川の船の運航は行われていましたが、昭和6年、通船許可の終了と­ともに、約200年続いた見沼通船は終わりを告げました。現在、通船堀の整備が終わり­、夏には復原された閘門関を使って通水実験が行われています。 (現地案内板より)



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面白い記事があったので転載します。
日本は凄いな!!

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江戸時代の日本のすごさが語られる(R25)
2013.08.05

1603年に徳川家康が征夷大将軍に任命されて以来、江戸城が新政府軍に明け渡されるまでの265年間続いたとされる「江戸時代」。日本史において最も重要な時代であり、また200年以上にわたってひとつの家系による政権が続いたという世界史でも稀有な時代だった。
そんな江戸時代についてネットユーザーたちが語る2ちゃんねる・ニュー速VIP板のスレッド「『江戸時代の日本すげぇー!』ってなる知識教えてくれ」が、まとめサイトなどにも取り上げられ注目を集めている。
 
そのタイトルの通り、江戸時代の偉人や庶民の生活についての感心するような知識が集まっている同スレッド。まず、偉人として複数の人によって名前が挙げられているのが、世界で初めて全身麻酔を用いた手術を成功させたとされる外科医・華岡青洲や、「富嶽三十六景」などの代表作で知られる浮世絵師・葛飾北斎。そして、伊能忠敬だ。
 
17年という年月をかけて全国を測量し、日本の歴史上初となる正確な実測地図「大日本沿海輿地全図」を完成させた伊能忠敬と同地図については、
 
「のちに外国人がびっくりしたらしいな
 シーボルトが持ち出そうとしたくらいだし」
 「忠敬『やべ!歩いて平面地図描いたけど繋がらない!そういや地球って丸いんだっけ……』→自己流で計算して直しちゃう」
 
といった雑学や解説の声が書き込まれている。
このほか個人では、「平賀源内が『本日土用丑の日』ってウナギの売り文句作ったのは有名だよな 21世紀の今でも使われてるという凄さ」と、そのコピーセンスに感心する声なども見られた。
 
そして同スレッドでは、現代にもつながるような“生活の知恵”に関する書き込みも見られる。それは、「リサイクル」だ。
 
「長屋の共同便所の人糞を近郊の農家が買い取っていた」
 「古着は回収するし古紙は漉き直しとかしてリサイクルリサイクルリサイクル
自然由来のものしかないから全部還元還元」
 
などのコメントが書き込まれている。“100万都市”であった江戸では、自然とリサイクル文化が発達したようだ。
 
そのほかに書き込まれている声の一部は、以下の通りだ。
 
「寺子屋で和算の微分と積分を教えていた
 ついでに祭りで計算があってたら景品がもらえるような屋台もあった」
 「ヨーロッパで宗教絡みの殺し合いしてる頃日本では町人文化が栄えてたんだから凄い
 日本の国民性は江戸時代に作られたと思う」
 「江戸は埋め立てで井戸水が出ない地域が多かったから
すでに水道が発達していた」
 「庶民が好きなもの作って好きなように売ってた
その技術力・芸術性の高さは半端なくて来訪した外人が感動して買い占めるほど」
 (すべて原文ママ)
 
どれもユーザーが自らの得た知識で書いているものであり、すべてに関して出典等が明らかになっているわけではないが、時代劇や教科書からは知ることができない“トリビア”の数々は、閲覧した多くのユーザーを感心させているようだ。同スレッドにはほかにも、実に様々な知識が紹介されている。


「江戸時代の日本」について、もっと見る?
  

「江戸時代の日本すげぇー!」ってなる知識教えてくれ










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最近しゃべりがうまくいかないなぁ〜なんて感じている方は、「外郎売」の口上を毎日1回やってみてはいかがですか?
声優や俳優などの人達が、発声や発音のトレーニングに使っているものです。
管理人は昔やっていましたが、再開してみようと思います。
注意点として、「が行音」(が、ぎ、ぐ、げ、ご)には、濁音で発音する音(おと)と、鼻濁音で発音する音(おと)とがあります。




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歌舞伎十八番の一
享保三年  二代目
        市川団十郎 作


【外郎売】

拙者(せっしゃ)親方(おやかた)と申(もー)すは、御立合(おたちあい)の中(うち)に御存知(ごぞんじ)のお方(かた)もござりましょーが(カ゜)、お江戸(えど)を立(た)って二十里(にじゅうり)上方(かみカ゜た)、相州(そーしゅー)小田原(おだわら)、一色町(いっしきまち)をお過ぎ(おすキ゜)なされて、青物町(あおものちょー)を登(のぼ)りへ お出(い)でなさるれば、欄干橋(らんかんばし)虎屋藤右衛門(とらやとーえもん)、只今(ただいま)は剃髪(てーはつ)いたして円斎(えんさい)と名乗(なの)りまする。

元朝(がんちょー)より大晦日(おーつコ゜もり)まで、お手(て)に入(い)れまする此(こ)の薬(くすり)は、昔(むかし)、ちんの国(くに)の唐人(とーじん)、外郎(ういろー)という人(ゆーひと)、わが(カ゜)朝(ちょー)へ来(き)たり、帝(みかど)へ参内(さんだい)の折(おり)から、この薬(くすり)を深(ふか)く籠(こ)め置(お)き、 用(もち)ゆる時(とき)は一粒(いちりゅー)ずつ、冠(かんむり)の隙間(すきま)より取出(とりいだ)す。

依(よ)ってその名(な)を、帝(みかど)より「頂透香(とーちんこー)」と賜(たまわ)()る。

即(すなわ)ち文字(もんじ)には、「頂(いただ)き、透(す)く、香ひ(におい)」と書(か)いて「とうちんこう(とーちんこー)」と申(もー)す。

只今(ただいま)は此(こ)の薬(くすり)、殊(こと)の外(ほか)世上(せじょう)に弘(ひろ)まり、ほうぼうに似看板(にせかんばん)を出(いだ)し、イヤ、小田原(おだわら)の、灰俵(はいだわら)の、さん俵(だわら)の、炭俵(すみだわら)のと、色々(いろいろ)に申(もー)せども、平仮名(ひらカ゜な)を似(も)って「ういろう」と記(しる)せしは親方円斎(おやかたえんさい)ばかり、

 もしやお立合(たちあ)いの内(うち)に、熱海(あたみ)か、塔(とー)の沢(さわ)へ湯治(とーじ)にお出(いで)なさるか、又(また)は、伊勢(いせ)御(ご)参宮(さんク゜ー)の折(おり)からは、必ず門違(かどちカ゜)いなされまするな。

お登(のぼ)りならば右(みキ゜)の方(かた)、お下(くだ)りならば左側(ひだりカ゜わ)、 八方(はっぽー)が八(や)つ棟(むね)、表(おもて)が三(み)つ棟(むね)玉堂造(ぎょくどーづく)り、破風(はふ)には菊(きく)に桐(きり)のたう(とー)の御紋(ごもん)をご赦免(しゃめん)あって、系図(けーず)正(ただ)しき薬(くすり)でござる。

イヤ最前(さいぜん)より家名(かめー)の自慢(じまん)ばかり申(もー)しても、ご存知(ぞんじ)ない方(かた)には、正身(しょーしん)の胡椒(こしょー)の丸呑(まるのみ)、白河夜船(しらかわよふね)、さらば一粒(いちりゅー)たべかけて、その気味合(きみあ)いをお目(め)にかけましょう。

先(ま)づ此(こ)の薬(くすり)を、かよう(かよー)に一粒(いちりゅう)舌(した)の上(うえ)にのせまして、腹内(ふくない)へ納(おさ)めますると、イヤどうも(どーも)言(い)えぬは、胃(い)、心(しん)、肺(はい)、肝(かん)が(カ゜)すこやかに成(な)って、薫風(くんぷー)喉(のんど)より来(きた)り、口中(こーちゅー)微涼(びりょー)を生(しょー)ずるが(カ゜)如(ごと)し、魚鳥(ぎょちょー)、茸(きのこ)、麺類(めんるい)の喰合(くいあわ)せ、その外(ほか)、万病速効(まんびょーそっこー)あること神(かみ)の如(ごと)し。

さて、この薬(くすり)、第一(だいいち)の奇妙(きみょう)には、舌(した)のまわることが、銭(ぜに)独楽(ごま)がはだしで逃(に)げる。

ひょっと舌が(したカ゜)まわり出(だ)すと、矢(や)も楯(たて)もたまらぬじや(じゃ)。

そりゃそりゃそらそりゃ、まわってきたわ、廻(まわ)ってくるわ。アワヤ喉(のんど)、サタラナ舌(ぜつ)に、カ牙(ケ゜)サ歯音(しおん)、ハマの二(ふた)つは唇(しん)の軽重(けいちょー)、開合(かいコ゜ー)さわやかに、アカサタナハマヤラワオコソトノホモヨロオ。

一(ひと)つへぎへぎ(へキ゜へキ゜)に、へぎ(へキ゜)ほし はじかみ、盆豆(ぼんまめ)、盆米(ぼんコ゜め)、盆(ぼん)ごぼう、摘蓼(つみたで)、つみ豆(まめ)、つみ山椒(ざんしょ)、書写山(しょしゃざん)の社僧正(しゃそーじょー)、粉米(こコ゜め)のなまが(カ゜)み、粉米(こコ゜め)のなまが(カ゜)み、こん粉米(こコ゜め)の小生が(こなまカ゜)み、儒子(しゅす)、緋儒子(ひじゅす)、儒子(しゅす)、儒珍(しゅっちん)、親(おや)も嘉兵衛(かへー)、子(こ)も嘉兵衛(かへー)、親かへい(おやかへー)子かへい(こかへー)、子かへい(こかへー)親かへい(おやかへー)、ふる栗(ぐり)の木(き)の古切口(ふるきりぐち)、

雨合羽(あまカ゜っぱ)か、番合羽(ばんカ゜っぱ)か、貴様(きさま)のきゃはんも皮脚絆(かわぎゃはん)、我等が(われらカ゜)きゃはんも皮脚絆(かわぎゃはん)、しつ皮袴(しっかわばかま)のしっぽころびを、三針(みはり)はり長(なカ゜)にちよと(ちょと)縫う(ぬー)て、ぬうてちょとぶんだせ、河原撫子(かわらなでしこ)、野石竹(のぜきちく)、

のら如来(にょらい)、のら如来(にょらい)、三(み)のら如来(にょらい)に六(む)のら如来(にょらい)、 一寸先(いっすんさき)のお小仏(こぼとけ)に、おけつまづきやる(きゃる)な、細溝(ほそみぞ)にどじょにょろり。

京(きょー)の生鱈(なまだら)、奈良(なら)生(なま)学鰹(まなカ゜つお)、ちょと四五貫目(しごかんめ)、お茶立(ちゃた)ちょ、茶立(ちゃた)ちょ、ちゃつ(ちゃっ)と立(た)ちょ茶立(ちゃた)ちょ、青竹茶煎(あおだけちゃせん)で、お茶(ちゃ)ちゃと立(た)ちょ。


来(く)るは来(く)るは、何(なに)が来(く)る。高野(こうや)の山(やま)のおこけら小僧(こぞう)、狸(たぬき)百匹、箸(はし)百(ひゃく)ぜん、天目(てんもく)百ぱい、棒(ぼう)八百本(はっぴゃんぽん)。

武具(ぶぐ)、馬具(ばぐ)、武具(ぶぐ)、馬具(ばぐ)、三(み)ぶぐばぐ、合(あわ)せて武具馬具(ぶぐばぐ)六(む)武具馬具(ぶぐばぐ)、 菊(きく)、栗(くり)、菊栗(きくくり)、三(み)菊栗(きくくり)、合(あわ)せて菊栗(きくくり)、六(む)菊栗(きくくり)、麦(むぎ)ごみ麦(むぎ)ごみ、三(み)麦(むぎ)ごみ、合(あわ)せて麦(むぎ)ごみ六(む)麦(むぎ)ごみ、

あのなげしの長(なが)なぎなたは、誰(た)がなげしの長薙刀(ながなぎなた)ぞ、向(む)こうのごまがらは、荏(え)の胡麻(ごま)がらか、真(ま)胡麻(ごま)がらか、 あれこそほんの真胡麻(まごま)がら、がらぴいがらぴい風車(かざぐるま)、おきゃがれこぼし、おきゃがれこ法師(ぼし)、 ゆんべもこぼして又(また)こぼした、

たあぷぽぽ、たあぷぽぽ、ちりから、ちりから、つったっぽ、たっぽだっぽ一丁(いっちょう)だこ、落(お)ちたら煮(に)てくを、煮(に)ても焼(や)いても喰(く)われぬものは、五徳(ごとく)、鉄(てっ)きゅう、かな熊(ぐま)どうじに、石熊(いしぐま)、石持(いしもち)、虎熊(とらぐま)、虎(とら)きす、中(なか)にも、東寺(とうじ)の羅生門(らしょうもん)には茨城童子(いばらぎどうじ)がうで栗(ぐり)五合(ごんごう)つかんでおむしゃる、かの頼光(らいこう)のひざ元(もと)去(さ)らず、

鮒(ふな)、きんかん、椎茸(しいたけ)、定(さだ)めてごたんな、そば切(き)り、そうめん、うどんか、愚鈍(ぐどん)な小新発知(こしんぼち)、

小棚(こだな)の、小下(こした)の、小桶(こおけ)に、こ味噌(みそ)が、こ有(あ)るぞ、 こ杓子(しゃくし)、こもって、こすくって、こよこせ、おっと、がってんだ、 心得(こころえ)たんぼの、川崎(かわさき)、神奈川(かながわ)、保土ヶ谷(ほどがや)、戸塚(とつか)を、走って行けば、

やいとを摺(す)りむく、三里(さんり)ばかりか、藤沢(ふじさわ)、平塚(ひらつか)、大磯(おおいそ)がしや、小磯(こいそ)の宿(しゅく)を七(なな)つおきして、 早天(そうてん)そうそう、相州小田原(そうしゅうおだわら)とうちんこう、隠(かく)れござらぬ貴賎群衆(きせんぐんじゅ)の、花(はな)のお江戸(えど)の花(はな)うゐ(い)ろう、

 あれあの花(はな)を見(み)て、お心(こころ)を、おやは(わ)らぎやという、産子(うぶこ)、這(は)う子(こ)に至(いた)るまで、此(こ)のうゐろうのご評判(ひょうばん)、ご存知(ぞんじ)ないとは申(もー)されまいまいつぶり、角(つの)だせ、棒(ぼー)だせ、 ぼうぼうまゆに、うす、杵(きね)、すりばちばちばちぐゎらぐゎらぐゎらと、羽目(はめ)をはずして今日(こんにち)お出(い)での何茂様(いづれもさま)に、上(あ)げねばならぬ、売(う)らねばならぬと、息(いき)せい引(ひ)っぱり、東方(とうほう)世界(せかい)の薬(くすり)の元締(もとじめ)、薬師如来(やくしにょらい)も照覧(しょうらん)あれと、ホホ敬(うやま)って、

うゐ(い)ろうは、いらっしゃりませぬか。(終 (1844字))


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外郎売の台詞(音声)




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八王子市郷土資料館で3月24日まで、特別展示室内にて『書状からみる 新時代の幕開けと千人隊 』が開催されています。
興味のあるからはお出かけ下さい。

維新に揺れた八王子千人頭の生涯 東京 八王子市(産経ニュース)

明治初期、静岡へ移封となった徳川家に従い、いち早く静岡へ移住を決めた八王子千人頭の一人、志村貞(てい)廉(れん)の生涯をたどる企画展「書状からみる新時代の幕開けと千人隊」が東京都八王子市上野町の市郷土資料館で開かれている。

八王子千人頭は、江戸時代に甲斐国境の警備や治安維持にあたった郷士集団、八王子千人同心を統率した。明治維新の激変期、幕府に従う道を選んだ志村家の生活やその後を当時の写真や書状約50点で紹介している。3月24日まで(休館日あり)。無料。


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平成25年2月17日(日)産経新聞


【書状からみる 新時代の幕開けと千人隊 】

場所:八王子市郷土資料館1階特別展示室内(上野町33)
 

時間:9:00〜17:00


入館料:無料



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市谷加賀町のマンション建設予定地で、約4000年前の縄文時代の人骨が11体見つかったそうです。
そりゃ凄いことですね!!

・クリックすると拡大します
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平成25年1月31日(産経新聞)



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謹んで新年のお慶びを申し上げます。

旧年中のご厚情に心より深く御礼申し上げます。

今年は出陣の年(9月)になります。
詳細等が決まりましたらサイトに掲載いたします。

本年もよろしくお願いいたします。

平成25年 元旦


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皇居新年一般参賀と奉納 新春刀剣展のお知らせです。

【新年一般参賀要領】

天皇陛下万歳

期日 平成25年1月2日

参入時刻 (午前9時30分〜午後2時10分)

参入門 皇居正門(二重橋)

退出門 坂下門,桔梗門(ききょうもん),乾門

お出まし(予定) ○第1回及び第2回は,天皇皇后両陛下,皇太子同妃両殿下始めお出ましになれる成年の皇族方
○第3回以降は,天皇皇后両陛下,皇太子同妃両殿下,秋篠宮同妃両殿下
第1回 午前10時10分頃
第2回 午前11時00分頃
第3回 午前11時50分頃
第4回 午後1時30分頃
第5回 午後2時20分頃
 


【平成二十五年 遊就館 新春特別展 「奉納 新春刀剣展」】

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日時: 平成25年1月1日(火・祝)〜14日(月・祝) 9時00分〜16時30分

《特別企画》
  1.新春刀剣関係 実技公開 … 1月2日(水) 10時00分〜15時00分
  2.甲冑着付け 実演公開 … 1月3日(木) 10時00分〜15時00分
  3.作刀関連実技公開 … 1月3日(木)・5日(土)・6日(日) 10時00分〜16時00分
 
場所:靖国神社 遊就館 企画展示室

内容:

《展示品》
全日本刀匠会関東支部所属の刀匠による新作刀 約二十振
古刀、鍔、小柄、小道具類、大鎧、胴丸、兜鉢、部分品 等

《特別企画》
1.新春刀剣関係 実技公開(研磨・彫刻・鞘制作)
  ●奉仕者
    研師 藤代興里・藤代龍哉、鞘師 水野美行、彫刻師 橋本巴 以下

2.甲冑着付け 実演公開(希望者への甲冑着付実演)
  ●奉仕者
    甲冑師 豊田勝彦、アンドリューマンカベリ、東郷隆、宮川正太郎 以下

3.作刀関連実技公開(銘切等・展示品説明)
  ●奉仕者
    刀匠 川崎晶平 以下 全日本刀匠会関東支部の刀匠作刀関連 実技公開
 

拝観料: 無料

主催:靖国神社、全日本刀匠会関東支部

お問合せ:靖国神社遊就館部展示課
        TEL 03-3261-8326(代表)  FAX 03-3261-0996(直通)
 


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12月23日天皇誕生日一般参賀のお知らせです。


天皇誕生日一般参賀要領

期日 平成24年12月23日

参入門 皇居正門(二重橋)
(午前9時30分〜午前11時20分)
退出門 坂下門,桔梗門(ききょうもん),大手門,平川門,北桔橋門(きたはねばしもん)
お出まし(予定) ○天皇皇后両陛下,皇太子同妃両殿下,秋篠宮同妃両殿下

第1回 午前10時20分頃
第2回 午前11時頃
第3回 午前11時40分頃
 
【午後の一般参賀(記帳)】

場所 皇居内 宮内庁庁舎前特設記帳所
参入門 坂下門
(午後0時30分〜午後3時30分)
退出門 桔梗門(ききょうもん),大手門,平川門,北桔橋門(きたはねばしもん)(閉門:午後4時)



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板橋区立郷土資料館で、戦国時代末期から江戸時代初期にかけてつくられた甲冑などの展示会が、3月25日まで開催されているそうです。
また、2月11日(土)の午後1時半から「鉄砲の普及と当世具足の出現」と題して特別講演が行われます。

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平成24年2月6日(月)産経新聞


● 「当世具足〜大名とその家臣団の備え〜」開催

場所: 板橋区立郷土資料館

日時: 3月25日(日)まで開催
     午前9時30分〜午後5時(入館は4:30まで/月曜日は休館日)

特別展示は有料(入館料 高校生以上300円・小中学生100円)


● 特別講演「鉄砲の普及と当世具足の出現」

平成24年2月11日(土)
 午後1時半〜 (先着100名)



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明けましておめでとうございます。

本年も江戸幕府 鉄砲組百人隊をよろしくお願い致します。


平成二十四年 元旦


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12月23日天皇誕生日に皇居一般参賀に行ってきました。
寒くて風が強い日でしたね・・・。
まるで・・・・ようだ・・・。


(shinn0820さん作成動画より)

言っときますが管理人は真中ですよ。
言っている意味わかりますか・・・??

それでは

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もし近所に行ったら立ち寄ってみてください。

徳川ゆかり 計142点展示(asahi.com)

浜松市制100周年記念の特別展「戦国の覇者 徳川家康と浜松」が、浜松市美術館(中区松城町)で始まった。戦国時代、浜松城で17年間の青壮年期を過ごした家康や、秀忠、家光と続く歴代将軍たちゆかりの品々が展示されている。来年1月9日まで。

家康は三河・岡崎から1570年に入り、駿府城へ移る1586年まで浜松城を居城とした。29〜45歳の間で、武田軍に大敗北したり、秀忠が誕生したりと、その後の礎を築いたのが浜松の地だったとされる。

特別展では、国宝2点、重要文化財14点を含む142点を前後期に分けて展示する。信長、秀吉、家康と受け継がれた茶器の名品、家康らの直筆の手紙、秀忠が奉納した太刀、武具や馬具、戦国絵図などが並ぶ。


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戦国の覇者 徳川家康と浜松(浜松市美術館)

2011年12月3日(土)〜2012年1月9日(月・祝)<会期中、前期・後期に分け、一部展示替えします。>
<前期>2011年12月3日(土)〜12月18日(日)
<後期>2011年12月20日(火)〜平成24年1月9日(月・祝)
午前9時30分〜午後5時(初日は午前10時開館)
※入館は午後4時30分まで
※休館日:12月の月曜日、年末休館:12月29日(木)〜31日(土)(1月1日〜3日は開館します)

大人 1,200円(750円)高校生・大学生・専門学校生 700円(500円)小・中学生500円(300円)


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なんか・・・ありがたそうな米だなぁ〜・・・。

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贈り物に! “徳川家康献上米” 静岡(国産まるかじりネット)2011年11月21日

JA御殿場は、静岡市にある久能山東照宮の秋季大祭に米「ごてんばこしひかり」を献上したことを記念し、「国宝久能山東照宮献上米」として販売を22日から始めます。販売の許諾を久能山東照宮から受けました。

JA営農指導部は「付加価値のある商品として育てたい」と力を入れています。

JAのトップブランドと位置付けられるエコ栽培米(食味値80点以上)を使います。3袋(1袋450グラム入り)2000円で販売します。表には大きな葵(あおい)紋が刻まれています。久能山東照宮内やJA御殿場管内フレッシュハウス、道の駅ふじおやま、JA管内のAコープ店などで販売する予定です。

御殿場の地名は、徳川家康が晩年に宿泊施設として御殿を造営したことが由来ということです。久能山東照宮への米の献上も、それが縁となり企画しました。販売を前にJAの芹沢秋雄専務は若林洋平御殿場市長を訪ね、「県東部農林事務所や、多くの人の協力で米の消費拡大に向けた商品ができた」と完成を報告しました。若林市長は「葵の御紋入りで、もらってうれしい贈り物。インパクトがあり高級感もある」と評価していました。

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富士山

「ごてんばこしひかり」産地の歴史

「ごてんばこしひかり」は、富士山の麓に広がる北駿地域の標高300〜600mの準高冷地帯に、冷涼で昼夜の気温差が大きい気候や、富士山の豊富な副流水を利用して栽培されています。

コシヒカリは昭和48年に導入され、倒さず、安定的に収量を確保する栽培技術が確立されてから面積が増加し、現在、県下一の産地になっています。


平成16年からは食味・品質向上の取組が始まり、17年にはユビキタス事業を活用してマッピングシステムが整備され、栽培技術の一層の向上が図られています。

「お米日本一コンテストinしずおか」で平成16年から6年連続で静岡県知事賞を受賞するなど、おいしいお米であることの認知度は高まり、ブランド化が進んでいます。
(ふじのくにより)


安心・安全の米が一番だろう!
ごてんばこしひかりの1年

こりゃいい景色だ!
ダイヤモンド富士


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遊就館所蔵の古代から近代に至るまでの刀剣・甲冑・変わり兜・馬具等この中から厳選された約100点が展示されます。
火縄銃を撃つのが好きなんて人は、興味があるのではないでしょうか?

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遊就館所蔵 名作「刀剣・甲冑展」開催のお知らせ

【期間】
11月12日(土)〜12月11日(日)

【開館時間】
午前9時〜午後4時30分
※入室は閉館の10分前まで
※電力不足への対応等により、開館・閉館時間を変更させて戴く場合がございますので、あらかじめご了承ください

【場所】
遊就館1階企画展示室

【拝観料】
無料

【関連行事】
・甲冑製作実技公開  11月12日(土) 午前10時〜午後3時
               実技者 甲冑製作者 豊田勝彦 氏 

・刀剣研磨実技公開  11月19日(土) 午前10時〜午後3時
               実技者 研師 藤代興里 氏
               実技者 研師 藤代龍哉 氏

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甲冑製作実技を見たかったが、町会の旅行で行けません・・・残念!
たまには本物見るのもいいじゃないでしょうか。


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11月3日は明治神宮の御祭神、明治天皇のお誕生日であり、祭礼が行われました。
祭典日に限らず、10月下旬から境内各所では、これを奉祝して伝統芸能や全国各地の特産品が奉納されました。
3日は奉祝行事として、武道場至誠館・西参道沿芝地等で、弓道大会・合気道演武・古武道大会・百々手式・流鏑馬が行われるので、用事がなければ必ず見に行きます。
午前9時〜午後5時頃まで、行われるので一日楽しめますが興味のない人には苦痛でしょうね

まずは参拝。

明治神宮 007

七五三の方も沢山いました。
懐かしい・・・・。

明治神宮 001
実にいい天気でした。

明治神宮 002


明治神宮 006



東京都農業祭も行われていて、沢山の店が出店していて、武道が興味がない人はこちらはいかがでしょうか?
明治神宮 008


お見事!後日宝分けされます。
明治神宮 009

明治神宮 010
上記「宝船」に関する説明文です。
(クリックすると大きくなります)










他会場の様子です。
(クリックすると大きくなります)

明治神宮 011明治神宮 012









明治神宮 013明治神宮 014








この会場で、一番人気はつきたての餅です。
凄い行列で、いつも断念。
写真、上2列の右側。

それでは、この会場を後にし、奉納演武へ行きましょう。

●合気道会場(クリックで拡大)
明治神宮 015明治神宮 016









●古武道会場(クリックで拡大)
それにしてもいろんな流派があるもんです。
その中の一部です。
明治神宮 020

明治神宮 017明治神宮 018








                    
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明治神宮 038


●武田流弓馬道(流鏑馬)
入門したい方は、社団法人大日本弓馬会HPをご覧ください。

(クリックで拡大)
明治神宮 027明治神宮 028









明治神宮 029明治神宮 030









明治神宮 034


一番最後は、森重流砲術による演武で終了します。
この演武に、我が鉄砲組百人隊の鉄砲指導方のIさんも参加しています。
森重流砲術の皆さんです。
明治神宮 077

一部動画あります 



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井伊家と将軍家との絆伝え 彦根城博物館で特別展(京都新聞)

徳川将軍家と譜代大名筆頭の彦根藩・井伊家のつながりをひもとく特別展「武門の絆」が、彦根城博物館(滋賀県彦根市)で開かれている。徳川家の所蔵品を含めた武具や大名道具など101件を通じ、徳川四天王や幕閣として江戸幕府の中枢をなした井伊家の武門の風格を伝える。


彦根城博物館が開館25周年を記念し、文化庁とともに主催する。重要文化財が35件を占め、館蔵品に加え、徳川美術館(名古屋市)や日光東照宮(栃木県日光市)の所蔵品も並べている。

徳川家康が関ケ原の合戦(1600年)で着用した「歯朶具足(しだぐそく)」は、江戸城で正月の祝い事の際に飾られた吉祥の武具。当主4人が家臣最高職の大老に就いた井伊家は、具足祝いの鏡開きで、将軍とともに最初に餅入りの御膳を食したという。

館蔵品「井伊家歴代相伝品目録」は、当主が受け継いだ重宝品のリスト。いずれも現存していない唐(とう)の頭(かしら)、軍配、団扇(うちわ)の3品が書き記されており、徳川家の精鋭部隊「井伊の赤備(あかぞな)え」の大将を象徴する家宝として代々伝えたという。

また、関連行事として、学芸員によるギャラリートークを5日に、徳川宗家18代当主の川恒孝(つねなり)氏の講演会「徳川将軍家の伝統を継承して」(先着60人、事前申し込みが必要)を12日に催す。いずれも午後2時からで、有料。特別展は27日まで。会期中無休。

コピー 〜 txt136

どっかで見た鎧だねぇ〜


コピー (2) 〜 txt136

近くにたまたまいた人はどうぞ!

詳細は、彦根城博物館HPをご覧ください。






ひこにゃん凄い人気だなぁ。
しかし、どっかで見た兜だなぁ〜・・・思いだせないなぁ〜


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