鳥居寛永年間、徳川幕府が「鉄砲組百人隊」をこの地に駐屯させより旗本や上下の士に篤く信仰され、また町名も百人町と名づけられました。(百人町の由来)

 

当時、鉄砲組与力が射撃の研究に精魂を傾けておりましたが、なかなか思うに任せず、一夜煩悶のまま眠りに落ち入りましたところ、稲荷之大神が夢枕に立たれ霊符を示されました。

 

翌朝不可解なまま社頭にお参りを済ませ、大矢場にて射撃を試みたところ百発百中、見事な進境に驚いたとのことであります。

ちょうちん

 

これを目のあたりに見た旗本の士が競って霊符を受け射撃をしたところ、ことごとく的中したと伝われます。

この話しが、近郷近在に伝わり、唯射撃のみでなく様々な願い事をする参詣者が日増しにおおくなり、不思議な神託霊夢などにより幾多の霊験あらたかなものがあり、世人はこの神社を「皆中(みなあたる)の神社」と称えるようになました。

 

銀座

それ以後「皆中稲荷神社」という名で呼ばれるようになりました。

現在神社には鉄砲組百人隊が奉納した、鳥居・手水舎・灯籠等があり、往時の面影を留めております。

 

写真は、平成15年10月銀座で行なわれた、江戸開府400年 江戸東京牴抬瓮僖譟璽表仗悗里箸のものです。

 

 

 

 

皆中稲荷神社

東京都新宿区百人町1-11-16

       03−3364−3224